高価なエンジニアリングアプリケーションは本当に使い切れているのか? ― CAE・CADのフローティングライセンスを「時間」で考える
製造業の設計・開発部門では、CAD、CAE、EDAをはじめとする多様なエンジニアリングアプリケーションが利用されている。
ANSYS、Abaqus、CATIA、MATLAB、Simulink、SolidWorksなどのソフトウェアは、製品開発における設計、解析、検証を支える重要な基盤である。一方、これらは一般的なオフィスアプリケーションと比較して高額であり、複数のユーザーで共有するフローティングライセンスが採用されるケースも多い。
こうしたエンジニアリングアプリケーションのライセンス管理を考える際、一般的には「何本保有しているか」「ピーク時に何本必要か」という数量が注目される。
しかし、本稿では少し異なる視点から考えてみたい。
高価なエンジニアリングアプリケーションが利用されていない時間を、自社では把握しているだろうか。
さらに、月間のワーキングタイムを160時間とした場合、そのアプリケーションは実際に何時間利用されているのだろうか。
1.月間160時間のうち、何時間使っているのか
1日8時間、月20営業日と仮定すると、一般的な月間ワーキングタイムは約160時間となる。
この160時間を基準として、単純にアプリケーションの利用時間を計算すると次のようになる。
| 月間利用時間 | 160時間に対する利用率 |
|---|---|
| 16時間 | 10% |
| 32時間 | 20% |
| 48時間 | 30% |
| 80時間 | 50% |
| 112時間 | 70% |
| 128時間 | 80% |
| 160時間 | 100% |
例えば、あるCAEアプリケーションを月間112時間利用していれば、勤務時間を基準とした利用率は70%となる。
70%という数字を見ると、かなり高い利用水準であることが分かる。
しかし、自社で頻繁に利用しているCAEやCADについて尋ねると、
「うちはかなり使っている。ほぼ100%ではないか」
という印象を持っている場合もある。
特にフローティングライセンスの場合、この「感覚」と「実際の利用率」は必ずしも一致しない。
2.「ライセンスが足りなかった」という経験は記憶に残りやすい
フローティングライセンスでは、保有するライセンス数をすべて使用している状態で、さらに別のユーザーがライセンスを取得しようとすると、ライセンスを取得できない場合がある。
いわゆるライセンス利用拒否(Denial)である。
例えば20本のライセンスを保有している環境で、20本すべてが使用中となり、21人目のユーザーがアプリケーションを利用できなかったとする。
この出来事は利用者にとって非常に印象に残る。
「ライセンスが取れない」
「CAEが起動できない」
「解析を開始できない」
という問題は業務へ直接影響するため、管理者への問い合わせやライセンス追加要求につながりやすい。
その結果、組織の中では、
「うちのライセンスはいつもいっぱいだ」
「ほぼ100%使っている」
という認識が形成されることがある。
3.「100%になったこと」と「100%使っていること」は異なる
ここで重要なのは、瞬間的な100%利用と、期間全体の利用率を区別することである。
例えば20本のフローティングライセンスについて、ある月の最大同時利用数が20本だったとする。
ピーク時には確かに、
20本 ÷ 20本 = 100%
である。
さらに、その時間帯に21人目が利用しようとすればDenialが発生する可能性もある。
しかし、これだけでは月間を通じて20本のライセンスが100%利用されていたことにはならない。
例えば、
- 午前10時~11時:20本
- 午後:12本
- 夕方:5本
- 夜間:0本
という利用状況であっても、最大同時利用数だけを見れば100%である。
つまり、
「ピーク利用率100%」と「期間全体の利用率100%」は、まったく異なる。
この違いは、フローティングライセンスの利用状況を評価するうえで極めて重要である。
4.不足は「事件」になるが、未利用時間は静かに経過する
ライセンス不足が発生した時間は認識されやすい。一方、ライセンスが余っている時間はほとんど意識されない。
ライセンスを取得できなければ、利用者は問題として認識し、管理者へ連絡する。
しかし、20本のライセンスのうち5本しか利用されていない状態が数時間続いていたとしても、通常、それを理由に利用者から管理者へ連絡が入ることはない。
不足は「事件」として表面化するが、未利用時間は静かに経過する。
この非対称性によって、実際の利用データを確認していない組織では、ライセンス不足の経験が全体の利用状況を代表しているように認識される可能性がある。
「先月もライセンスが取れなかった」という経験と、「先月全体ではどの程度利用されていたか」という問いは、本来別のものである。
5.過去の実利用データではどの程度使われていたのか
OpenLMは過去に、エンジニアリングソフトウェアの実際の利用状況に関するデータを公開している。
そのデータでは、Total Utilization Percentageとして、報告されている。データとしては古いためここでは伏せることにする。個別に問い合わせいただいた場合にはお示しします。
- SolidWorks:xx%
- Abaqus:xx%
- CATIA:xx%
- MATLAB:xx%
- SIMULINK:xx%
- Optimization Toolbox:xx%
これらは過去に収集・公開されたデータであり、現在のCAE・CAD市場全体の平均利用率を示すものではない。
しかし、業務上重要なエンジニアリングアプリケーションであっても、期間全体を通して70~100%利用されているとは限らないことを考えるうえでは興味深いデータである。
したがって確認すべきなのは、ライセンスが一度でも100%に達したかどうかだけではない。
100%、80%、50%、20%といった利用状態が、それぞれどの程度の時間継続していたのか。
時間軸を加えて分析することが重要である。
6.CAEでは「月160時間」だけで考える必要はない
ここまでは人間の勤務時間である月160時間を基準として考えてきた。
しかし、CAEでは人間の勤務時間とソフトウェアの利用時間を同一視することにも注意が必要である。
解析モデルの準備や条件設定は人が行うとしても、計算処理そのものは人がコンピュータの前にいる時間帯に実行する必要はない。
例えば設計者が夕方に解析条件を設定し、18時にバッチジョブを投入する。
8時間必要な解析であれば、夜間に計算を実行し、翌朝結果を確認することができる。
さらに長時間の解析であれば、金曜日の夕方にジョブを投入し、土曜日や日曜日を利用して計算することも可能である。
この場合、エンジニアリングアプリケーションのライセンスは、人間の勤務時間外にも業務のために利用されている。
7.バッチジョブによって夜間・休日を有効利用する
CAE、EDA、HPC環境では、解析ジョブをあらかじめ投入し、計算資源やソフトウェアライセンスが利用可能になった段階で順次処理する運用が可能である。
例えば、次のような運用である。
昼間:設計者・解析者によるインタラクティブ利用
↓
夕方:解析ジョブをキューへ投入
↓
夜間:空いたライセンスを利用してバッチ解析
↓
翌朝:解析結果を確認
この方法を休日まで広げれば、高価なエンジニアリングアプリケーションを人間の勤務時間だけに限定せず活用することができる。
したがって、ライセンスの有効利用を考える場合、
「利用する人を増やす」だけでなく、「利用する時間帯を広げる」
という考え方も重要になる。
8.160時間から720時間へ視点を広げる
30日間の月であれば、暦上は、
24時間 × 30日 = 720時間
存在する。
もちろん、すべてのCAEアプリケーションを720時間連続して稼働させることが目的ではない。
しかし、特にバッチ処理が可能なCAEでは、
「人が働く160時間」
だけではなく、
「コンピュータとライセンスを利用できる時間」
という別の時間軸を持つことができる。
例えば昼間80時間利用しているCAEライセンスについて、さらに夜間80時間のバッチ処理を実行すれば、総利用時間は160時間となる。
これはライセンスを削減したわけではない。
同じエンジニアリング資産から、より多くの解析処理を生み出したのである。
これは単なるコストダウンとは異なる。
保有するエンジニアリング資産の生産性を高めるという考え方である。
9.バッチジョブでは「誰が仕事を指示したか」という視点も重要になる
バッチジョブを利用する場合には、ライセンス利用時間についてもう一つ重要な視点がある。
それは、
「その時間に誰がコンピュータを操作していたか」ではなく、「誰がその処理を実行するよう指示したか」
という視点である。
例えば、解析担当者が17時にモデルと解析条件を設定し、夜間に実行するバッチジョブを投入したとする。
実際の計算が深夜0時から翌朝6時まで行われていたとしても、その時間に担当者がコンピュータの前にいるわけではない。
しかし、その解析処理が自然に発生したわけでもない。
モデルを作成し、解析条件を決定し、計算の実行を指示したのは担当者である。
したがって、夜間に実行された計算についても、その担当者の業務によって生み出された処理、そして成果の一部として考えることができる。
10.「人が操作した時間」だけではエンジニアリング業務を評価できない
この考え方は、エンジニアリングアプリケーションの利用分析において重要である。
例えば、あるユーザーがCAEを直接操作した時間だけを集計すると、
「このユーザーは1日3時間しかCAEを利用していない」
という結果になるかもしれない。
しかし、そのユーザーが夕方に複数の解析ジョブを投入し、それらが夜間に10時間、20時間と実行されていたとすれば、そのユーザーが生み出した解析処理量は直接操作時間だけでは表現できない。
つまり、CAEやHPCでは二つの時間を分けて考える必要がある。
- 人がアプリケーションを操作する時間
- その人が指示した計算処理が実行される時間
インタラクティブなCAD利用では、この二つは比較的近い関係にある。
一方、CAEやHPCでは大きく異なる場合がある。
短い時間で解析条件を設定し、その後の長時間計算をコンピュータへ委ねることができれば、人は計算終了を待つ必要がない。
人は「計算する」のではなく、「計算を指示する」。
そして、コンピュータとエンジニアリングアプリケーションが夜間や休日も含めて、その指示を実行する。
これはバッチ処理やHPCを利用する大きな意義の一つである。
11.ライセンス利用分析から業務生産性の分析へ
バッチジョブ実行時のユーザー情報まで把握できる環境であれば、単に「夜間にライセンスが使用されていた」という事実だけではなく、誰の業務によってそのライセンス利用が発生したのかという観点から分析することも可能になる。
例えば、
- 誰がジョブを投入したか
- どのエンジニアリングアプリケーションを利用したか
- どの程度の時間、計算処理が実行されたか
- どの時間帯にライセンスが使用されたか
- 昼間と夜間で利用状況がどのように異なるか
といった情報を分析することが考えられる。
ただし、長時間ライセンスを利用したユーザーを単純に「よく働いた」と評価するものではない。
むしろ、短時間の操作で適切にバッチジョブを投入し、夜間・休日を活用して多くの解析結果を得ているのであれば、それは効率的なエンジニアリング業務であるとも考えられる。
したがって分析すべきなのは、単純な使用時間の長さではない。
誰が、どのような形でソフトウェアと計算資源を活用し、解析業務につなげているのか。
この視点を持つことで、ライセンス利用データをエンジニアリング業務の生産性を考えるための一つの材料として活用することができる。
12.フローティングライセンスでは「何本」だけでなく「いつ」を見る
フローティングライセンスとは、ライセンスサーバーで一定数のライセンスを管理し、複数のユーザーが必要に応じて共有する仕組みである。
そのため、フローティングライセンスの利用状況を評価する場合には、単純な保有本数だけではなく、
- 最大同時利用数
- 平均的な同時利用数
- 利用時間
- 利用率
- ピークが発生する曜日・時間帯
- Denial(利用拒否)の発生回数と時間帯
- 夜間・休日の未利用時間
- バッチジョブによる利用状況
などを組み合わせて考える必要がある。
特に重要なのは、
「最大20本使った」という情報だけではなく、「20本使っていた状態が何時間あったのか」を把握すること
である。
フローティングライセンスの仕組みについては、こちらの記事でも詳しく解説している。
関連記事:フローティングライセンスとは?仕組みとメリットを解説
13.CAE業界の再編によりライセンス環境も変化している
CAE業界では近年、大規模な企業買収や業界再編が進んでいる。
SynopsysによるANSYSの買収、SiemensによるAltairの買収、CadenceによるBETA CAE Systemsの買収など、CAE、EDA、シミュレーションを取り巻く市場環境は大きく変化している。
このような市場再編に伴って、製品体系、契約体系、ライセンスポリシーなどが変化する可能性もある。
この点については、以下の記事で詳しく取り上げている。
関連記事:CAE業界再編とライセンス管理 ― エンジニアリングソフトウェアの変化にどう対応するか
こうした環境だからこそ、「現在何本契約しているか」だけではなく、実際にどのように利用しているかを自社のデータとして把握しておくことが重要になる。
14.「利用率が低い=無駄」「100%=理想」ではない
ライセンス利用率の分析で避けるべきなのは、数字だけで結論を出すことである。
利用率20%だから不要とは限らない。
必要なときに確実に利用できること自体が、エンジニアリング環境における重要な価値だからである。
逆に100%だから理想的とも限らない。
100%の状態が長時間継続し、Denialが頻繁に発生しているのであれば、それは高い資産効率ではなく、解析業務を阻害するボトルネックになっている可能性がある。
したがって、
利用率を最大化すること自体を目的とするのではなく、必要なときに利用できる状態を維持しながら、未利用時間をどのように有効活用するか
という観点が重要になる。
15.OpenLMで「利用の時間軸」を把握する
OpenLMの役割は、単純に不要なライセンスを見つけて削減することだけではない。
エンジニアリングアプリケーションが「いつ」「何本」「誰によって」利用されているのかをデータとして把握することに意味がある。
例えば、
- ライセンスごとの利用時間
- 同時利用本数
- 最大利用本数
- ユーザー別利用状況
- 時間帯別利用状況
- ライセンス利用拒否(Denial)の発生状況
- 長時間のライセンス占有
- バッチジョブを含む利用状況
などを確認することによって、フローティングライセンスの利用実態を時間軸で分析することができる。
そこで得られたデータは、単なるライセンス本数の削減判断だけに利用する必要はない。
「夜間や休日も含め、この高価なエンジニアリングアプリケーションをもっと有効に活用できないか」
という議論にも利用できる。
まとめ ― 「100%になったか」ではなく「どのように使われているか」を知る
高価なエンジニアリングアプリケーションの利用状況について、
「うちのライセンスはほぼ100%使っている」
という認識を持っている企業もあるかもしれない。
しかし、その根拠が、
「ライセンスを取得できなかったことがある」
「最大同時利用数が購入本数に達したことがある」
という経験だけであれば、一度、期間全体のデータを確認する価値がある。
問うべきなのは「100%になったことがあるか」ではなく、「どの利用率の状態が、どのくらいの時間続いているか」である。
そしてCAEでは、さらにその先を考えることができる。
夜間や休日に空いているフローティングライセンスをバッチジョブに活用すれば、ライセンス本数を増減させなくても、同じ資産からより多くの解析処理を生み出せる可能性がある。
さらに、バッチジョブを誰が投入したのかを把握することで、深夜に実行された処理についても、「誰の指示によって生み出された解析処理なのか」という視点から捉えることができる。
月160時間という人間の勤務時間から、月720時間というシステムの利用可能時間へ。
そして、単なるライセンスの「使用時間」から、エンジニアリングアプリケーションをどのように業務成果へつなげているかという視点へ。
OpenLMによるライセンス利用状況の可視化は、コストダウンだけを目的とするものではない。
高価なCAD、CAE、EDAなどのエンジニアリングアプリケーションを、いつ、誰が、どの程度、どのように活用しているのか。
それを客観的なデータとして把握することが、これからのソフトウェアライセンス管理を考える第一歩ではないだろうか。
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